山下ふみこオフィシャルブログ

2013.05.12

Dr.森島久代氏と杜蔭同窓会

毎年、 西高卒業生の杜蔭同窓会が行われる。今日(母の日)、ホテルキャッスルで560名余の卒業
生で会場はあふれんばかりである。

そのうち傘寿(80歳)は29名、喜寿(77名)は39名のOBの方々も、お元気に参加されています。

25年度、新会長のご挨拶で開会

そして今日は何よりも、西高卒業で日本人女性として初めてアメリカで医学部教授になった森島久代
先生のお話を伺うことを大変楽しみにしていた。

 

(平成24年春の叙勲受章者に、ニューヨーク州在住日本人の森島久代コロンビア大学医学部名誉教授
に対して、医学分野における日米交流における功労から瑞宝中綬章が授与された。)

  先生の父上

森島先生の幼少期のころから現在に至るまでを歴史的な背景も含めてお話をされた。

小さな時から、お医者様になると言っていたという。

1959年、森島先生はアメリカにわたり、コロンビア大学麻酔科アパガー教授との出会い。
そして森島先生は産科麻酔領域普及への貢献に今まで費やしてきている。

当時、アパガー教授は森島さんに「私の時代、そして最前線にある今のあなたも、男性優位の医学
社会を生きてきました。ですから認められるには、私たちは男性より優れていなければならない運命
にあります。この不公平はあなたの娘たちの時代になるまで改善されないでしょう」と言ったそうです。

そしてそれは日本の社会では未だに取り上げられなければならない問題であるということ。

当時、医師としてやっていくには男性より優れていなければ認められない社会であり、それゆえに非
常にご苦労されただろうし、それは言葉では言い尽くせないものであったことは想像に難くない。

自分自身の能力を疑い挫折しそうになるたびに、「貴女ならできる」と言うアプガー教授の言葉が常
に励ましてくれたという。

日本ではどうであろうか?

未だにその状況が現実として立ちはだかっている。例えば、議員は給与においては男女の差はないが、
現実、沼津市議会は女性議員が1割(28名中3人)しかいない状況の中で、議員活動において全く平等
であるかと言うとそうではないと感じている。

森島先生が仰るように、同じ状況の中で女性が認められるには、男性より優れていなければならない
という言葉には重みがある。

当時の女性に対する社会的評価は、今以上に相当ご苦労されたに違いないし、そのパイオニアでもある
立場として、今の日本において、その状況は未だ問題があると感じておられるようです。

今日は先生の歩まれてきた人生に少しでも同じ空間の中で触れることができ、またその偉大な方が同窓生
であることに誇りと勇気を頂いた。

今日はお願いをして、少しの時間お話をさせて頂く。そして最後に先生は私をハグしてくださったことは
I never forget

先生の生き方は「如何なる困難に遭遇しようとも前向きの姿勢で、自分自身が選択した道に
誇りと情熱を抱き、それに専念する強い意志を失わないこと」 

そういう強い志を持った人に私もなりたい。

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