山下ふみこオフィシャルブログ

2016.08.06

戦没者慰霊平和塔 in 香陵台公園

今日8/6、広島の被爆から71年を迎えた。広島市の平和記念公園では午前8時から平和記念式典が営まれている。
沼津市においても8/15(月)沼津市の戦没者戦災死者慰霊法要が沼津市遺族会の主催で毎年市民文化センターで行われている。
今朝、香貫山に登ると、朝8時ごろから多くの人が香陵台公園に集合し清掃作業を開始。8/15に向けての遺族会の合同の清掃作業である。
毎月、遺族会の方は地域ごとで清掃作業をしているようですが、今回の清掃は8/15の法要のための一斉作業であり、この炎天下の中で大変なことです。またこのようなことも遺族会の高齢化によって厳しい状況にあるとも聞いています。
この地道な作業をしてくださっている遺族会の方の思いを心に刻み、15日の式典には参列したいと思います。

★★★慰霊平和塔の由来
この慰霊平和塔は、沼津市を一望のもとにおさめられる景勝の地・香貫山香陵台に、日清、日露及び第一次、第二次世界大戦における沼津市出身の戦没者、ならびに戦災死者3,166柱をまつり、併せて世界恒久平和を祈念して建立されたものです。

沼津大空襲とは:
昔、祖母から香貫山が真っ赤に燃えていたという話を何度か聞いたことがある。我が家の馬小屋にも焼夷弾が落ちたが、不発弾だったため火薬を抜いたものが家に置いてあった記憶がある。
沼津市はサイパンと富士山とを結ぶB29の本土空襲コースの真下にあたり、軍需工場が集中したため米軍による中小地方都市空襲の標的となっていたので、その被害も甚大であったという。。

特に、沼津の大空襲というと昭和207月17日未明、米爆撃機B29の編隊130機が、海軍工廠や多くの中小軍事工場のある沼津市街上空3200mに侵入。
愛鷹山と香貫山の高射砲が迎撃するも3時頃までに1039トンの焼夷爆弾を投下したとある。その時に香貫山が赤々と燃えていたということだったんだろうか。
これにより沼津市は、焼失 9,523戸・死者 274人という被害を受けた。この空襲により沼津市は市街地の89.5%を破壊されたとされる

第2次大戦の時の被害は、合計では死者322人・重軽傷者634人・全半焼11,756戸・全半壊127戸という被害を受けたとされている。

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