山下ふみこオフィシャルブログ

2017.02.05

井田の塩づくり&菜の花まつり

2/5は井田の菜の花まつり。
すごーく有名なこの写真の風景だが、祭りにはなかなか行けずにいた。
今回は私の大好きな華ちゃんが、井田塩を使ってパンを作りたいというので彼女の思いを叶えてあげたいというか、その塩パンを1日も早く食べてみたいという下心もあって、念願の井田へ仲間と行く。

井田の集落に入るには、この桜並木の道を通るのだが、すでに河津桜は五分咲きになっていた。

写真は井田の奥田さん。今回の訪問は井田塩を買うこともそうなのだが、塩づくりを民間会社と一緒にやることになったということを聞いて、その真相をちゃんと本人に確かめたかった。

改めて、井田の塩づくりのことに触れておきたいと思う。
井田は
40世帯で人口80人ぐらいの小さな集落。沼津から車で1時間余り。海岸線を走り続けて山中に入り、県道17号線からわき道に降りた処にある。
今日はすでに道の両脇には河津桜が五分咲きである。

親戚でもある奥田さんが「村おこし」をしようと思って始めた井田の塩づくり。

その手法は1500年前にさかのぼるという。安康天皇が詠まれた歌の中に、「かく山の麓の塩のくすりにて井田ともいふぞ内裏から名に」とあるように、かつてはこの地の塩が皇室に献上され、病を癒したといわれている。

当時、ここも人口流出と高齢化が進み、民宿も昔とは違い、過疎化は進む一方であった。
そこで、何とかこの村のために、安定的な生活の糧になる仕事がないかと文献等を調べ、1500年前の塩づくりを発見した。
そこで、村の人たちに呼びかけ賛同してくれたものの、いざ始めようとすると過酷な労働ということもあったのだろうか、結局、奥田さん一人で掘っ立て小屋を建て釜
1台で始めることになった。 
確かに、その文献による塩づくりは、大変な重労働で手間暇がかかる。釜は鉄板が0.5ミリの薄さで焚き上げなければ目指す塩にはならず、その薄さゆえに釜は1.5ヵ月しかもたず、交換しなければならない。早朝から海水500リットルを海からくみ上げ、薪で13時間以上焚き上げる工程は聞くだけでも過酷そうです。
確かに時間もかかり、効率も悪く、釜交換にも経費がかさみ、
さらにその作業に取り掛かかれば、火加減調整もあってほとんどかかりっきりになる。特に夏の暑い時期は締め切っている作業場は過酷以外の何物でもなかったと思う
こうして出来上がった塩は東京の一流料理屋から視察があり注文が来るまでになっている。
売り込みから販売まですべて一手にやり、その合間には民宿や農業、ミカンもやるわけで、本当に頑張ってきたのだと思うと、いつも新米の時期にはお裾分けしてもらっている我が家は感謝が足りなかったと反省する。
(下の写真は新しく建てた塩づくり作業場)

ここまで奥田さんを駆り立てたものは何だったんだろうか。
彼は何も言わないけど、何とかこの井田の良さをみんなに知ってもらいたい、ずっとこの村に住み続けるには、「俺が頑張らなくて誰が頑張るんだ」という想いがあるのだと思う。彼は昔気質だけれど、進取の気性に富み、常にチャレンジャーだったから、きっと村では特異な存在だったかもしれない。でも彼は常に井田のこと、戸田のこと、そして次の世代のことを考え続けている。
そんな彼が、とうとう今年から民間会社と連携していくことになったという。
体力的にも大変になってきたのがきっかけだったのかもしれないが、民宿もやめてこれからは塩づくりに専念していける環境になり、さらに「いい塩づくり」を目指すという。
今日の祭りでも、奥田さん一家の若い人たちが頑張っていたし、こうして確実にその塩づくりが若い人たちに繋がっていっている様子が見てとれた。

私は常々言っているのだが、神々しい不思議な力があるところです。この井田にある唯一の妙田寺。ここにお釈迦様の舎利が祀られているのはご存じだろうか。さらに運慶の作品とも言い伝えられている仏像もある。
この話はまたの続きとしよう。是非、井田に行ったときは奥田さんと寺の和尚様を訪ねるといいでしょう。

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