山下ふみこオフィシャルブログ

2016.01.28

比叡山坂本 律院

1月25日~27日まで大津市の唐崎にあるJAIMで議員研修を受け、その最終日に知り合いの勧めで比叡山延暦寺に急遽行くことにした。唐崎駅から一駅のところにある比叡山だが、私はそのことも知らなかった。
JAIMの研修は毎回余裕がないほどカリキュラムが詰まっているので、終わった時はへとへとになり早く帰りたいのが先に立つ。
今回、勧められたのは延暦寺の麓にある律院さんを訪ねるようにと言われた。そこに着いた途端、多くの出会いが待っていた。あれよあれよと言う間に、私は宿坊に泊まることになる。

律院の門をくぐると、すぐに阿闍梨様に会うように段取りがされていた。延暦寺に足を踏み入れたことがない私は、まずは延暦寺に行きたいと阿闍梨様に言うと、「おーい、おーい」と小坊主さんをお呼びになって、私をお連れしなさいという。
そこに、「延暦寺に行くのなら、私が丁度そちらに行くので、車でお連れしましょう」と言って下さる方がいて、その方とご一緒することにした。
その方は千日回峰行に入っている浩元様にお米を届けに行くという。

延暦寺は雪深く、千日回峰行をなされている浩元さんの住まいはもっと雪深い処でした。「滅多にないことだから一緒に行きますか?」と誘って下さったので一緒に行くことにした。ブーツの私は雪の山道を滑らないように慎重に歩きながら40分間位歩いたでしょうか。

住まいはシーンと静まり返って、表札らしきものと苦行を共にした草履が軒先にかけられて・・・ただ犬がわんわん吠えたてていただけで人の気配はありませんでした。普段はほとんど一人で生活しているようです。
千日回峰行がどれだけ過酷なものなのか、以前テレビでその様子を見たきりだったのですが・・・
浩元さんは千日回峰行のちょうど5年目が終わり、9日間の堂入り(断食・断水・不眠・不臥)が終わったところで、今年から1日60kmの行程を100日間の苦行に入られるということです。

★★千日回峰行は7年間かけて行なわれる★★
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年目から3年目までは、1日に約30キロの行程を毎年100日間。行者は定められた260カ所以上のすべてで立ち止まり、礼拝して、峰々を巡ります。
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年目と5年目は、同じく1日30キロを、それぞれ200日間。
ここまでの700日を満じると、“堂入り”をむかえます。比叡山無動寺谷の明王堂に籠もり、9日間、断食・断水・不眠・不臥(食べず、飲まず、眠らず、横にならず)で不動真言を唱えつづけます。その回数は10万と言われ、満行すると阿闍梨と称され、生身の不動明王になるとされます。

6年目は、それまでの行程に加え、比叡山から雲母坂を下って赤山禅院へ至り、赤山大明神に花を供し、ふたたび比叡山へと上る往復が加わり、1日約60キロとなります。その100日は「赤山苦行」とも呼ばれ、行者の足でも14~15時間を要する厳しい行程です。

7年目は、200日を巡ります。前半の100日間は“京都大廻り”と呼ばれ、比叡山中から赤山禅院、さらに京都市内を巡礼し、全行程は84キロにもおよびます。最後の100日間は、もとどおり比叡山中30キロをめぐり、千日の満行をむかえます。

次の日は不動明王様の今年最初のお護摩焚きがあるので、是非にと勧められ、結局この日は宿坊に泊まることにして夕食の精進料理を頂き、明日6時から始まるお護摩焚きに出ることにした。

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