山下ふみこオフィシャルブログ

2021.05.13

My Birthday

今日は私の誕生日。記憶に留めておきたいからここに書いておくことにします。
5/16から始まる島田市議選に、同じ生活クラブ生活協同組合の静岡元理事の島田昌子さんが立候補します。彼女の友人から、「どうして市議になったのか、話してほしい」というお話があり、かつての記憶をたどって書いてみました。 

私の原点を振り返るなんてことは全くなかったというか、忘れていたことだったのでちょど良い機会を与えられたと思っています。

誠次さん、のりちゃん、こうちゃん

2021/5/13
私は沼津市議会議員の山下ふみこです。2007年の統一地方選で市議になり現在4期目の議員です。その間には市長選にも挑戦しています。
それまでの私は帽子デザイナーでアトリエで制作をつづけていました。そんな中で2000年に浜岡原発が断層の震源域の真上に建てられていることや静岡空港建設の問題を知り、現職知事に対抗して知事選にも関わり、全く政治に関心のない暮らしが、一歩ずつ変わっていきました。
そんな中で、私の心を決定的に動かしたのは当時小学3年生の息子でした。2001年の県知事選の時に、沼津市の有識者といわれている方々に息子を連れて対抗馬の知事候補・水野誠一さんの支援をお願いして歩きました。

その時に言われた言葉は、「一主婦がお願いに来たって誰も相手にしないよ。もっと偉い人を連れてきなさい」と。悔し涙をこらえて帰るときに、息子は「僕はあの人がどんなに偉い人か知らないけど、一生懸命行動するママのほうがよっぽど偉いと思うよ」と私の手をぎゅっと握りました。
その時に「この子の未来のために私は頑張ろう」って。

当時の私は生活クラブ生協静岡・沼津支部の1人でしたが、その後、支部委員長になり全国のクラブ員とともに生産者訪問にも参加するようになっていきました。
そこで知り合ったクラブ員たちの地域での活動に生き生きと取り組んでいる姿に羨ましいと思いました。

彼女たちが言うには、「他人事だと思っていた政治が、実は自分たちの生活に繋がっていることが分かったから、だから動くのよ」って。彼女たちはそれぞれの地域の課題に取り組むと同時に、市町を超えたローカルパーティーとして生活者ネットワークを東京都内35自治体や神奈川県内に議員を出すためにみんなでお金(カンパ)と、知恵や労力(ボランティア)を出し合い、1979年から選挙に取り組んでいました。

けい子ちゃんからのメッセージ。心に留めておきます。

「生活は政治」と気づいたクラブ員たちが議員を自分たちの力で出すことによって、「子育て、介護、教育、環境、食物等」の身近な問題を、政治の場にあげるだけではなく、みんなで取組み支えあうネットワークを拡げていました。

私はそんなネットワークを沼津にも創りたいと当時の理事の方にお願いしたのですが、「沼津のクラブ員の意識はそこまで成熟していない」と一蹴されました。
だから、私は独自で選挙に出る決意をし現在に至っています。

生活クラブは「生活と自治」という冊子を出しています。そこには、食や水、環境など生活にかかわる問題や、原発や基地問題などメディアに報道されていないことも掲載されています。

どれ一つとっても政治が大きく関与しています。今問題になっている主要農作物種子法の廃止も水道法、漁業法等の暮らしの根幹にかかわる法律が次々に改正されています。

「政治はまさに私たち暮らしそのものであり、私たちの暮らしや子供たちの未来を創っていくのは、今私たちが、自分で考え、みんなで議論し、行動することでしか社会は変わっていかないことを私たちは感じているはずです。

しかし、今の選挙の在り方は、本当に民主主義といえるでしょうか。特定の団体や企業、自治会が選挙の票集めをし、組織の支持基盤にのっかった人が選挙に勝つという昔からのスタイルが続いてきています。投票率が低くなれば、組織のある人は強いです。

そして、選挙に勝てば、多くの人はその議員が何を議会で発言し、どんな活動をしているか関心を寄せているでしょうか。議員に任せきりになった結果が、いまの議会であり、社会ではないでしょうか。

今回、皆さんが選挙にかかわるという事は、関わった先もずっと自分たちの思いをその議員とともに創り上げていく責任をもってほしいのです。一緒に創っていってほしいのです。

本来、議会というところは行政(首長)の課題を指摘し、是正させるところです。しかし、それも多数決で決まるとなると、議員一人では同調圧力に負けてしまうかもしれません。そこを支えるのは一緒に選挙に関わった方々です。正直、議会はパワハラ、セクハラ何でもありです。

一人では言えないことやできないことも仲間がいれば。思いを共有できる仲間がいれば。そしてお互いに支えあえる仲間がいてこそ自分の思いをかなえることができるのです。
そしてそれは子どもたちの未来に繋がっていくことです。

当時小学3年生だった息子は30歳になりました。私の政治の原点は当時と何も変わっていないことに今更気づきます。
今自分が行動することが、子どもたちの未来を創っていくことだと思っています。
おかしいと思うことをおかしいといえる当たり前の社会を創っていくのは、まずは選挙に行くことからすべてが始まるのですから。

当たり前のまっとうな社会を一緒に創っていきましょう。


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